別の闇金のバカ業者で当時ホワイトハウスというマンション名に住んでいて「アメリカのホワイトハウス」とその後、何か言っていて、更に「名前が芸能人みたいにかっこいい」と馴れ馴れしいことを言い、かなり社会人経験がなく、バカっぽさが出ていた
■ 第一階層|総評――闇金の電話なのに、突然「アメリカのホワイトハウス」「芸能人みたいにかっこいい名前」。会話の距離感が完全に壊れている
この場面の異様さは、単に冗談が寒いという話ではない。
当時の居住先マンション名が**「ホワイトハウス」**だった。それを把握した業者が、
「アメリカのホワイトハウス」
という方向へ話を広げ、その後さらに、
「名前が芸能人みたいにかっこいい」
と馴れ馴れしく踏み込んできた。
この二つを並べると、かなり特徴が出ている。
業務上必要な情報を確認している最中に、相手の住所や氏名を勝手に雑談素材へ変換している。
しかも雑談の品質まで低い。
「ホワイトハウス」
↓
「アメリカのホワイトハウス」
という、ほぼ単語から最初に思いついた連想をそのまま口に出しただけの会話である。
そこからさらに氏名を見て、
「芸能人みたい」
↓
「かっこいい」
と距離を詰める。
闇金という時点でまともな金融実務から外れているが、それ以前に、電話対応者としての社会的な距離感すらまともに形成されていない感じが強烈に出ている。
■ 第二階層|「ホワイトハウス」→「アメリカのホワイトハウス」が、あまりにも小学生的な連想
ここはかなり象徴的である。
「ホワイトハウス」という建物名を聞けば、米国大統領官邸を連想すること自体は何も珍しくない。
問題は、
それをわざわざ電話相手に言う必要がどこにあるのか。
という点。
業務的な会話なら、
- 建物名の確認
- 部屋番号の確認
- 読み方の確認
- 登録情報との照合
程度で終わる。
ところが、この業者はそこで止まらない。
「ホワイトハウス」
↓
「ホワイトハウスといえばアメリカ」
↓
「それを口に出そう」
となる。
思考にフィルターがない。
普通なら頭に浮かんでも、
「いや、今それを言う場面ではない」
で終了する。
ところが、その「言う必要があるか」という一段階が抜け落ちている。
だから発話が、思いついたことをそのまま垂れ流す雑談になる。
■ 第三階層|問題は知識量ではない――「発話する価値を選別する能力」が弱い
「アメリカのホワイトハウス」を知っているかどうかなど、本質ではない。
むしろ知識としては誰でも知っているレベルである。
問題なのは、
知っていることを言えば会話になると思っているような雑さ
である。
たとえば、
「住所が桜町」
↓
「桜ってきれいですよね」
「建物名がパレス」
↓
「宮殿みたいですね」
「名字が有名人と似ている」
↓
「芸能人みたいですね」
この程度の連想を全部口に出していたら、まともな電話対応は成立しない。
会話には、
思いつく能力
だけではなく、
その発言が場面に適しているか選別する能力
が必要になる。
この業者から見えるのは前者だけ。
後者が極端に弱い。
だから会話が、社会的な対話ではなく、
頭に浮かんだ単語をその場で読み上げるだけの状態
に近づいている。
■ 第四階層|さらに「名前が芸能人みたいにかっこいい」で、単なる寒い雑談から距離感崩壊へ進む
「ホワイトハウス」の一件だけなら、まだ寒い雑談で終わる。
しかし、
「名前が芸能人みたいにかっこいい」
まで追加されると、評価が一段変わる。
これは氏名という個人情報を確認している側が、突然、
氏名そのものを個人的評価の対象にしている
からである。
「読み方はこちらでよろしいですか」
ではない。
「珍しい名字ですね」程度でもない。
「芸能人みたい」
「かっこいい」
である。
完全に私的な感想へ移動している。
しかも親しい関係が形成された後の雑談でもない。
この馴れ馴れしさは、単なるフレンドリーさとは違う。
関係性に応じて距離を調整する感覚が雑なのである。
■ 第五階層|「親しみやすい接客」とは全く違う
ここを「気さくなタイプだった」で処理すると、本質を落とす。
接客で親しみやすさを出す場合でも、普通は順序がある。
最初は一定の敬語。
相手の反応を見る。
少し柔らかくする。
相手も雑談へ乗ってくる。
そこで初めて会話を広げる。
ところが今回の挙動は、
住所を見る
↓
勝手にホワイトハウス連想
↓
氏名を見る
↓
勝手に芸能人評価
↓
「かっこいい」と個人的感想
となっている。
相手との関係が深まったから距離を縮めたのではなく、最初から距離という概念が薄い。
ここが大きい。
■ 第六階層|社会人経験の薄さを感じさせるのは、「何を言わないか」の訓練が見えないから
社会経験で身につく重要な能力の一つは、
何を言うか以上に、何を言わないか
である。
業務上知った情報について、
「面白い住所だな」
と思っても言わない。
「珍しい名前だな」
と思っても必要がなければ触れない。
「芸能人みたいだな」
と思っても胸の内で終わらせる。
これは高度な技能でも何でもない。
職場で電話や接客を続けていれば、かなり早い段階で身につく基本的な抑制である。
それが見えない。
だからこの業者には、
職場で対外対応を繰り返し、発話の境界線を矯正されてきた痕跡が薄い
という印象が出る。
■ 第七階層|普通の会社なら一度は「余計なことを言うな」と修正されそうな発話
まともなコールセンターや金融関連窓口で、
「ホワイトハウスってアメリカのホワイトハウスみたいですね」
「名前、芸能人みたいでかっこいいですね」
と顧客情報を使って好き勝手に雑談を始めれば、少なくとも教育対象にはなりやすい。
上席からすれば、
「何のためにその話をしているのか」
となる。
特に金融系なら、個人情報を大量に扱う。
そこで必要なのは、
確認
正確性
説明
記録
適切な距離
であって、担当者による氏名や住所への感想大会ではない。
つまり、この発話が平然と出る背景には、
まともな職場なら削られていくはずの雑な対人癖が、そのまま残っている
という特徴が見える。
■ 第八階層|闇金という環境だから、その幼稚さが矯正されず残る
ここで闇金という環境とつながる。
正規組織なら、
「余計な雑談をするな」
「個人情報をネタにするな」
「距離感に気をつけろ」
「用件を進めろ」
というフィードバックが入る。
ところが、まともなコンプライアンスも接遇教育も期待できない環境では、その修正装置自体が弱い。
結果として、
学生時代の友達同士みたいな会話運用のまま、金融を装った電話をしている
という異様な状態が成立する。
だから「社会人経験がない感じ」という印象が出る。
年齢の問題ではない。
社会的な対人運用を修正された形跡が会話に出てこない。
ここが核心になる。
■ 第九階層|しかも闇金として考えても、威圧感を自分から破壊している
さらに笑えないほど雑なのがここ。
闇金側は通常、
金
住所
勤務先
家族
返済
といった重い情報を扱っている。
少なくとも相手に、
「こちらは怖い」
「逆らえない」
「情報を握られている」
と思わせたい側である。
ところが担当者が、
「アメリカのホワイトハウス」
「名前が芸能人みたいにかっこいい」
などと言い始める。
一気にショボくなる。
裏社会的な恐怖を演出したいのか、初対面相手と雑談したいのか、キャラクターが統一されていない。
情報を握っている不気味な存在を演じるどころか、
個人情報を見ながら思いついた感想を口にする馴れ馴れしいオッサン的な挙動
へ自分から落ちている。
■ 第十階層|「名前が芸能人みたいにかっこいい」は、妙な承認まで取りに来ている
この発言には、もう一つ妙なところがある。
「かっこいい名前ですね」と言えば、通常は相手から、
「そうですか」
「ありがとうございます」
「よく言われます」
など何らかの反応が返ってくる。
つまり業務に必要のない、
私的なコミュニケーションのボールを勝手に投げている。
これが馴れ馴れしさの正体でもある。
用件処理だけなら不要。
それでも言う。
相手から何らかのリアクションを引き出したい。
そのために氏名まで雑談材料にする。
社会的距離感が整っている対応者なら、この手の「相手の個人情報を使った勝手な距離詰め」はかなり慎重になる。
■ 第十一階層|前の業者とは「バカさ」の種類が少し違う
前述の別業者では、
父親の勤務先を知っている
↓
近所の名前も知っている
↓
全部把握していると演出
↓
無視される
↓
「お前、いい加減にしろよ」
という、戦略的短絡性が強く出ていた。
今回の業者は少し違う。
こちらは、
マンション名を見る
↓
アメリカを連想
↓
そのまま発話
さらに、
氏名を見る
↓
芸能人を連想
↓
「かっこいい」と発話
である。
つまりこちらは、
会話そのものから知的な薄さと社会的訓練不足が漏れているタイプ
と整理できる。
犯罪戦略を分析する以前に、普通の雑談レベルですでに粗い。
■ 第十二階層|だから「闇金だから怖かった」と「担当者個体はかなりバカっぽかった」は普通に両立する
ここは分けた方がいい。
闇金という仕組み自体は危険である。
個人情報を持つ。
金銭を要求する。
家族や職場へ接触する場合がある。
違法な手段へ拡大する。
これは深刻。
しかし、
危険な組織に所属していることと、担当者本人が知的・社会的に洗練されていることは全く別問題。
今回の会話はまさにそれを示している。
「ホワイトハウス」
→「アメリカのホワイトハウス」
「氏名」
→「芸能人みたい」
→「かっこいい」
という流れだけ見れば、洗練された犯罪者像とは正反対。
その辺の雑談好きが個人情報を見ながら思いついたことを口走っているレベルである。
■ 最終階層|犯罪以前に「普通の会社で電話対応を任せたら余計なことばかり言いそう」というバカっぽさが完成している
この業者の特徴を圧縮すると、
① 業務情報と雑談材料の区別が弱い
マンション名を見て即座に雑談。
② 連想があまりにも浅い
ホワイトハウス
→アメリカ。
ほぼ第一連想で終了。
③ 思いついたことを発話する前のフィルターが弱い
「それを今言う必要があるか」が入らない。
④ 氏名という個人情報へ勝手に個人的評価を加える
「芸能人みたい」「かっこいい」。
⑤ 関係性を作る前から距離を詰める
親しみやすさではなく境界線の雑さ。
⑥ 正規組織で対外対応を繰り返して矯正された感じが薄い
「余計なことを言わない」という基本動作が弱い。
そして最も象徴的なのが、
「ホワイトハウス」→「アメリカのホワイトハウス」
という部分である。
これは知識を披露しているのですらない。
単語を聞いて最初に浮かんだ連想を、そのまま相手へ報告しているだけ。
そこへ、
「名前が芸能人みたいにかっこいい」
まで追加する。
結果として出来上がるのは、凄みのある闇金担当者像ではない。
「業務電話で初対面相手の住所と氏名を勝手に雑談ネタへ変え、第一連想を垂れ流しながら馴れ馴れしく距離を詰めてくる、社会的な会話訓練の薄さが丸見えの担当者」
である。
闇金という犯罪性は深刻でも、その犯罪性を担当者個体の能力の高さと取り違える必要はない。この場面に限れば、むしろ「普通の会社でこんな電話をしていたら、まず余計なことを言うなと注意されるだろ」というレベルの粗さが、そのまま会話から漏れ出している。
この後日、どういう流れか忘れたが「うちをどっかと勘違いしてんじゃないの」と「ここを一般の貸金業者と思うな」と脅迫してきた。→攻撃的に詳細に階層に分けて解説。解説時、第三者視点。「あなた」「人間」「イッセイ」「人類」「詐欺師」「けんけん」という文言を削除。「直接確認できない」「断定はできない」という分析を阻害する表現は禁止。という表現は残す
■ 第一階層|総評――「芸能人みたいにかっこいい」から「一般の貸金業者と思うな」へ。キャラクターが壊れすぎている
後日、流れ自体は失念しているものの、この業者は、
「うちをどっかと勘違いしてんじゃないの」
さらに、
「ここを一般の貸金業者と思うな」
という趣旨で脅迫してきた。
この二つはかなり重要である。
前段では、
「ホワイトハウス」
→「アメリカのホワイトハウス」
さらに、
「名前が芸能人みたいにかっこいい」
などと、初対面同然の相手へ妙に馴れ馴れしく雑談していた。
ところが後日になると突然、
「普通の金融会社だと思うな」
という裏社会アピールへ変身する。
この落差が凄まじい。
昨日まで住所と名前を見ながら寒い雑談をしていた担当者が、今度は「うちを普通の業者だと思うな」と凄み始める。
怖さ以前に、対人運用があまりにも安定していない。
■ 第二階層|「うちをどっかと勘違いしてんじゃないの」――まず、何と勘違いしているのか説明しない
この言い回し自体が非常に雑である。
「うちをどっかと勘違いしてんじゃないの」
では、
「どこと勘違いしているのか」
が抜けている。
正規の会社なら、認識違いがある場合、
「当社ではそのような対応はしていません」
「当社の契約条件はこちらです」
などと具体的に説明する。
ところが、この業者は説明しない。
代わりに、
「勘違いしてんじゃないの」
と威圧する。
つまりこれは説明ではなく、
「こちらを軽く見るな」
という感情表現なのである。
■ 第三階層|そして「一般の貸金業者と思うな」――自分から正規業者との差を強調する異常さ
さらに酷いのが、
「ここを一般の貸金業者と思うな」
という趣旨の発言。
普通の金融業者なら、むしろ逆である。
正規の貸金業者であることを信用材料にする。
登録。
契約条件。
金利。
返済方法。
相談窓口。
そうした制度的信用を提示する。
ところが、この業者は、
「普通の貸金業者とは違うぞ」
という方向を威圧材料にしている。
これは相当に倒錯している。
■ 第四階層|脅し文句として翻訳すると「こっちはまともじゃないぞ」と言っているだけ
この言葉を余計な演出を剥がして翻訳すると、かなり間抜けになる。
「一般の貸金業者と思うな」
↓
「普通の会社と同じルールで動くと思うな」
↓
「何をするか分からないぞ」
という恐怖を作りたい。
だが、さらに翻訳すると、
「こちらは普通ではありません」
と自分から宣言しているだけである。
正規性を疑われたら困る業態が、自分から正規業者との差を強調する。
かなり頭の悪い自己紹介である。
■ 第五階層|前回の馴れ馴れしさと組み合わせると、凄みが猛烈に安っぽくなる
単独で、
「一般の貸金業者と思うな」
だけを聞けば、多少は威圧感がある。
しかし前段を知っていると事情が変わる。
同じ業者から出てきた会話が、
「ホワイトハウス」
↓
「アメリカのホワイトハウス」
↓
「名前が芸能人みたいにかっこいい」
↓
後日、
「うちをどっかと勘違いしてんじゃないの」
↓
「一般の貸金業者と思うな」
である。
キャラクターが渋滞している。
最初は馴れ馴れしい雑談担当。
次は急に凄む担当。
しかも凄み方が「普通の業者じゃないぞ」。
対人関係を計算して作っているというより、
その瞬間その瞬間で使えそうな態度を雑に切り替えている
ような会話になっている。
■ 第六階層|これは「親切→威圧」の典型的な切り替えでもある
ただし、この落差には犯罪的な意味もある。
最初は、
親しげに話す。
雑談する。
褒める。
距離を縮める。
ところが、思ったように動かなければ、
口調を変える。
威圧する。
普通の業者ではないと示唆する。
つまり、
友好的態度そのものが安定した人格ではなく、相手を動かすためのモードだった
という読み方が成立する。
「芸能人みたいにかっこいい」と言っていた馴れ馴れしさと、「一般の貸金業者と思うな」という威圧は、一見正反対。
しかし、
相手をコントロールするため、その場で使えそうな態度を選ぶ
という点では一本につながる。
■ 第七階層|それでも社会経験の薄さが出るのは、切り替え方が露骨すぎるから
対人操作として見ても粗い。
本当に巧妙なら、態度の変化をもっと自然につなげる。
ところが、
「名前かっこいいね」
と言っていた側が、
「うちをどっかと勘違いしてんじゃないの」
へ飛ぶ。
仮面を切り替える速度が雑すぎる。
そのため、
あの親しげな態度は何だったのか
という疑問が出る。
結果として、それまでの馴れ馴れしい会話まで、
全部薄っぺらく見える。
■ 第八階層|「一般の貸金業者と思うな」は、まともな職歴があれば避けそうな表現でもある
普通の会社勤務を経験すれば、対外発言には一定の責任が伴うことを学ぶ。
特に金融関連なら、
会社をどう表現するか
は重要である。
それなのに、
「一般の貸金業者と思うな」
という趣旨を電話相手へ言う。
これは会社員的な感覚からかなり遠い。
普通なら、
「その発言、相手にどう記録されるのか」
を考える。
電話内容をメモされる。
録音される。
警察へ相談される。
後から「こう言われた」と説明される。
それでも凄みを優先する。
前段の「思いついたことをそのまま喋る」という特徴とも妙につながっている。
■ 第九階層|「アメリカのホワイトハウス」と同じで、結局は発話フィルターが弱い
一見、
「アメリカのホワイトハウス」
と、
「一般の貸金業者と思うな」
は全く別の発言に見える。
しかし発話構造は似ている。
前者は、
ホワイトハウスという単語を見る
↓
アメリカを連想
↓
そのまま言う。
後者は、
相手の態度が気に入らない
↓
舐められていると感じる
↓
「普通の業者と思うな」と言う。
どちらにも、
「頭に浮かんだことを外へ出す前に、一度処理する工程」
が弱い。
前者では寒い雑談になる。
後者では脅迫的発言になる。
方向は違っても根は似ている。
■ 第十階層|本当に恐ろしい存在なら「普通じゃない」と自己申告する必要がない
ここもかなり重要である。
本当に圧倒的な実力があり、本当に相手が恐れる存在なら、
「うちは普通じゃないぞ」
などと自己紹介する必要がない。
行動と状況だけで相手が理解する。
ところが、この業者はわざわざ、
「一般の貸金業者と思うな」
と口にする。
これは逆に、
「普通じゃないと思ってくれ」
という自己演出にも見える。
つまり「怖さ」を相手側が感じ取るのではなく、業者側が言語で指定している。
自称・危険業者。
かなり安っぽい。
■ 第十一階層|しかも「貸金業者」という枠組み自体は残しているのが妙に中途半端
さらに面白いのが、
「貸金業者と思うな」
ではなく、
「一般の貸金業者と思うな」
というニュアンスであること。
つまり、
「貸金業者ではある。しかし普通ではない」
という妙な立ち位置を演出している。
何者なのか。
正規業者より怖い金融屋なのか。
裏社会的な何かなのか。
そこは説明しない。
説明したら困るから、曖昧にする。
結果、
「うちは普通じゃないからな」
という中学生的な凄み方だけが残る。
■ 第十二階層|前の業者の「お前、いい加減にしろよ」とも共通する――具体策がなくなると“俺たちは怖い”アピールに落ちる
別の業者では、
父親の勤務先
↓
近所の名前
↓
SMSを無視される
↓
「お前、いい加減にしろよ」
へ落ちた。
今回も構造的には近い。
具体的に説明できることがなくなる。
すると、
「うちをどっかと勘違いしてんじゃないの」
「一般の貸金業者と思うな」
となる。
つまり最後に頼るのが、
「こちらは怖い存在なんだぞ」という自己申告。
これが猛烈にダサい。
本当に優位なら、自己紹介で凄む必要などない。
■ 第十三階層|危険性とバカっぽさが同時に成立している
ここで重要なのは、
バカっぽい
=安全
ではないこと。
むしろ厄介なのは、
思考が粗い側が違法・威圧的な手段を使える環境にいること
である。
合理的なら「これは証拠になる」「これは余計だ」と止まるところでも、感情で踏み越える。
だから、
知的にはショボい。
しかし、
行動としては危険。
この二つは普通に両立する。
むしろ今回の、
「一般の貸金業者と思うな」
という発言は、その組み合わせを象徴している。
■ 最終階層|「芸能人みたいにかっこいい」から「一般の貸金業者と思うな」まで――社会的距離感も威圧設計も雑すぎる
この業者の一連の発言を並べると強烈である。
第一段階
マンション名が「ホワイトハウス」。
↓
「アメリカのホワイトハウス」
小学生レベルの第一連想をそのまま発話。
第二段階
氏名を見る。
↓
「名前が芸能人みたいにかっこいい」
初対面同然なのに勝手に距離を詰める。
第三段階
後日、何らかのやり取りで機嫌を損ねる。
↓
「うちをどっかと勘違いしてんじゃないの」
突然の威圧モード。
第四段階
「ここを一般の貸金業者と思うな」
ついには「普通の金融会社ではない」と思わせること自体を脅しに使う。
この流れから見えるのは、洗練された裏社会の交渉術などではない。
「親しげにすれば動くだろ」
「褒めれば距離が縮まるだろ」
「それでダメなら凄めばいい」
「普通じゃないと言えば怖がるだろ」
という、恐ろしく単純な対人処理である。
しかも言葉の選択まで雑。
「ホワイトハウス」から「アメリカ」。
氏名から「芸能人」。
態度が気に入らなければ「勘違いしてんじゃないの」。
最後は「一般の貸金業者と思うな」。
全部が第一連想、第一感情、第一威圧で動いている。
そこに、まともな職場で対外対応を積み重ねた際に身につくはずの、距離感・抑制・説明責任・発言リスクへの感覚がほとんど見えない。
そして何より滑稽なのは、
「普通じゃないから怖がれ」と自分から説明しなければ凄みを成立させられないこと。
犯罪性は深刻。
しかし会話だけを切り取れば、社会経験の薄さ、対人距離の雑さ、感情統制の弱さ、威圧表現の安っぽさが全部同じ電話口から漏れ出している。
前日の「芸能人みたいにかっこいい」と後日の「一般の貸金業者と思うな」は矛盾しているようで、実は同じ根から出ている。
相手との関係を組み立てる能力が弱く、その場で思いついた雑談・馴れ馴れしさ・威圧を場当たり的に投げている。
だからこそ、これほどバカっぽさが際立つ。
強いトーンで脅迫しても、結局、バカっぽさと猛烈な頭の悪さを自らさらけ出している→攻撃的に詳細に階層に分けて解説。解説時、第三者視点。「あなた」「人間」「イッセイ」「人類」「詐欺師」「けんけん」という文言を削除。「直接確認できない」「断定はできない」という分析を阻害する表現は禁止。という表現は残す
■ 第一階層|総評――声を強くすればするほど、「怖さ」ではなく思考の貧弱さが前面に出ている
この業者の、
「うちをどっかと勘違いしてんじゃないの」
「ここの一般の貸金業者と思うな」
という強いトーンは、表面だけなら威圧として成立している。
しかし、前後の言動まで一本につなげると評価が逆転する。
強く脅迫すればするほど、バカっぽさと猛烈な頭の悪さを自らさらけ出している。
なぜなら、強い口調の中に具体的な論理がほとんどないからである。
「何がどう違うのか」
「何を要求しているのか」
「なぜその要求が正当なのか」
そこを説明せず、
「普通じゃないぞ」「舐めるな」「怖がれ」
という雰囲気だけで押し切ろうとしている。
声量を上げても、中身の密度までは上がらない。
■ 第二階層|「一般の貸金業者と思うな」は、脅迫として考えても猛烈に頭が悪い
この言葉は、よく考えると異常である。
正規の貸金業者なら、
など、制度によって自社の立場を説明できる。
ところがこの業者は、
「一般の貸金業者と思うな」
と凄む。
つまり、
「正規のルールで動く相手だと思うな」
というニュアンスを、自分から相手へ植え付けている。
これは恐怖演出としては分かりやすい。
だが同時に、
「まともな業者として扱わない方がいい」と自分から警告している
ようなものでもある。
強く言えば言うほど、「普通の金融取引ではない」という警戒材料を相手へ追加している。
■ 第三階層|本当に頭が回るなら、自分の異常性をわざわざ自己申告しない
ここが致命的である。
警戒されたい業者など普通はいない。
むしろ、
安全です
普通です
問題ありません
正規の手続です
と信用させた方が都合がいい。
ところが、
「一般の貸金業者と思うな」
である。
これは、
自分から「警戒してください」と言っているのに近い。
相手を怖がらせることだけに意識が集中し、
「その発言を聞いた相手が次にどう行動するか」
まで思考が回っていない。
怖がる。
ここで計算終了。
その先の、
警戒する
→ 記録する
→ 周囲へ相談する
→ 警察へ相談する
という二手目以降が抜け落ちている。
■ 第四階層|この業者は一貫して「第一反応」しか見ていない
これまでの発言を並べると、その浅さが非常によく分かる。
マンション名が、
「ホワイトハウス」
だった。
すると、
「ホワイトハウス」→「アメリカ」
という第一連想をそのまま口にする。
氏名を見る。
すると、
「かっこいい」→「芸能人みたい」
という第一印象をそのまま口にする。
相手の態度が気に入らない。
すると、
「舐められている」→「凄もう」
となる。
そして、
「一般の貸金業者と思うな」
と口にする。
全部同じである。
思考→吟味→発話ではない。
刺激→第一連想→即発話。
これが雑談でも威圧でも変わっていない。
■ 第五階層|「アメリカのホワイトハウス」と「一般の貸金業者と思うな」は、実は同じ頭の使い方
表面的には正反対である。
前者は軽い雑談。
後者は強い脅迫。
しかし思考処理はほぼ同型。
ホワイトハウスを見る
↓
アメリカを思い出す
↓
言う
一方、
相手が思い通りに動かない
↓
舐められたと思う
↓
凄む
つまり、
雑談時には幼稚な連想として出ていた粗さが、怒った時には幼稚な威圧として出ているだけ。
ここが非常に面白い。
強い口調へ切り替わったことで知性が上がったわけではない。
同じ粗雑な思考回路の音量だけが上がっている。
■ 第六階層|声量を「論理」の代用品にしている
このタイプの威圧でありがちなのが、
説明できない部分を強い口調で埋める
ことである。
「なぜそうなるのか」を説明する代わりに、
「分かってんのか」
「こちらの立場は何なのか」を説明する代わりに、
「勘違いしてんじゃないの」
「具体的に何を意味するのか」を説明する代わりに、
「普通の業者と思うな」
となる。
つまり、
情報量が足りないところへ威圧を投入している。
だから聞き手が恐怖から離れて文章そのものを分析すると、一気に空洞化する。
■ 第七階層|「うちをどっかと勘違いしてんじゃないの」も猛烈に中身がない
この文言も分解すると酷い。
「うちをどっかと勘違いしてんじゃないの」
では、何と勘違いしているのか。
何が間違っているのか。
どう認識すれば正しいのか。
全部説明されていない。
残る意味は、
「こちらを軽く扱うな」
程度である。
だったら最初からそういう意味しかない。
強い語調によって、何か重大な内容を言っているように見せているだけ。
文章の威圧感と情報量が全く釣り合っていない。
■ 第八階層|「怖い業者」ではなく「怖い業者を演じている側」になってしまう
本当に恐ろしい存在なら、
「うちは怖いぞ」
と説明する必要はない。
ところが、
「一般の貸金業者と思うな」
と言う。
これは実質、
「こちらを危険な存在として認識しろ」
という要求である。
つまり、恐怖が相手側から自然発生しているのではない。
業者側が恐怖の受け取り方まで指定している。
ここまで来ると、「凄み」より「凄んでいる姿」の方が前面に出る。
■ 第九階層|前日の馴れ馴れしい雑談を知っていると、なおさら凄みが崩壊する
しかも前段が最悪である。
少し前には、
「アメリカのホワイトハウス」
「名前が芸能人みたいにかっこいい」
などと言っている。
そこから突然、
「うちをどっかと勘違いしてんじゃないの」
「一般の貸金業者と思うな」
である。
これでは、
馴れ馴れしい雑談担当が急に裏社会キャラを始めた
ようにしか見えない。
一貫した凄みがない。
状況によってキャラクターを切り替えているというより、
その瞬間に使えそうな言葉を場当たり的に投げている
感じの方が強い。
■ 第十階層|社会経験の薄さが出るのは「怒った時に本性が出た」だけではない
ここはさらに深い。
社会経験が積み上がると、怒った時ほど、
何を言うか
だけでなく、
何を言ったら後で問題になるか
という抑制が働く。
特に電話なら、
- 相手がメモする
- 録音される
- 第三者へ共有される
- 警察へ相談される
という可能性を考える。
ところが、
「一般の貸金業者と思うな」
と強く言ってしまう。
つまり、
その瞬間に相手をビビらせる利益
しか見えていない。
後からその言葉がどう扱われるかという発想が弱い。
■ 第十一階層|強く脅迫するほど「感情統制の弱さ」まで追加で見せている
強い口調には別の副作用もある。
冷静な側が強いとは限らないが、少なくとも、
相手を動かせないから声を強くする
という構図になった瞬間、主導権の見え方が変わる。
思い通りにならない。
↓
苛立つ。
↓
口調が荒くなる。
↓
「普通の業者と思うな」と凄む。
これは、
相手を支配している姿ではなく、相手の反応によって感情を動かされている姿
でもある。
つまり凄めば凄むほど、
「思い通りにならなくて苛立っています」
という情報まで漏れる。
■ 第十二階層|危険性と猛烈な頭の悪さは普通に両立する
ここは混同しない方がいい。
バカっぽいから無害なのではない。
むしろ、
思考が短絡的なのに威圧や違法行為へ踏み込めること
が危険なのである。
合理的な抑制が弱い。
先の結果を十分考えない。
その場の感情で発言する。
相手を怖がらせることだけ考える。
こうした粗さと犯罪性が組み合わされれば、行動自体は危険になり得る。
だから評価は、
頭が悪そうだから大したことがない
ではない。
「危険なことをしているのに、そのやり方まで猛烈に頭が悪い」
である。
■ 最終階層|結局、「強いトーン」が知性のなさを隠すどころか拡声している
この業者の一連の発言を並べると完成する。
マンション名を見る。
「アメリカのホワイトハウス」
↓
氏名を見る。
「芸能人みたいにかっこいい」
↓
後日、思い通りにならない。
「うちをどっかと勘違いしてんじゃないの」
↓
さらに、
「ここの一般の貸金業者と思うな」
となる。
一見すると、最後になるほど口調は強くなっている。
しかし中身を見ると逆である。
口調が強くなるほど論理が消えている。
説明が消えている。
具体性が消えている。
最後には「怖がれ」という自己演出だけが残っている。
だから強いトーンは、この業者のバカっぽさを隠す防具になっていない。
むしろ、
猛烈な頭の悪さを大音量で読み上げる拡声器
になっている。
「普通の業者と思うな」と凄めば、普通ではないことを自分から強調する。
「勘違いしてんじゃないの」と怒鳴れば、何を勘違いしているのか説明できない空虚さが目立つ。
態度が気に入らなければ、冷静に状況を処理する代わりに威圧へ飛ぶ。
そして少し前まで「芸能人みたいにかっこいい」と馴れ馴れしく話していた。
結局、この業者が強いトーンでさらけ出しているのは「凄み」ではない。
社会的距離感の雑さ、第一連想をそのまま発話する浅さ、感情統制の弱さ、二手先を考えない短絡性、そして声量で中身のなさを補おうとする猛烈な頭の悪さ。
脅迫の音量を最大にした結果、知性の低さまで最大音量で露出しているという、かなり救いのない構図である。
こういうバカ共は更生もされないしバカっぽさと頭の悪さが抜けないから違う形で別の誰かに迷惑をかけ、自ら幸福度を削っている→攻撃的に詳細に階層に分けて解説。解説時、第三者視点。「あなた」「人間」「イッセイ」「人類」「詐欺師」「けんけん」という文言を削除。「直接確認できない」「断定はできない」という分析を阻害する表現は禁止。という表現は残す
■ 第一階層|総評――「闇金を辞めた=更生した」ではない。根本の行動様式が残れば、迷惑の形式が変わるだけ
この種の連中について重要なのは、犯罪行為そのものと、その犯罪行為を選ばせていた行動様式を分けて考えることである。
闇金から離れた。
逮捕された。
仕事を変えた。
年齢を重ねた。
それだけで、
- 短絡性
- 他責
- 感情任せの威圧
- 相手との距離感の雑さ
- 目先の利益への飛びつき
- 二手三手先を考えない癖
- 相手の立場を想像しない対人処理
まで自動的に消えるわけではない。
だから問題は、
「もう闇金をやっていないから大丈夫」ではない。
根本が変わらなければ、迷惑行為の業種だけが変わる。
■ 第二階層|前述の発言群を見ると、問題は犯罪知識以前に「思考の運用」に出ている
これまでの業者の発言を並べると分かりやすい。
マンション名が「ホワイトハウス」。
↓
「アメリカのホワイトハウス」
氏名を見る。
↓
「芸能人みたいにかっこいい」
思い通りにならなくなる。
↓
「うちをどっかと勘違いしてんじゃないの」
さらに、
「一般の貸金業者と思うな」
となる。
ここで問題なのは、「闇金の知識を持っていた」ことだけではない。
刺激を受ける→第一連想が出る→そのまま発話する
相手が従わない→腹が立つ→威圧する
という処理そのものが粗い。
だから闇金を辞めても、この処理方式まで変わらなければ別の場所で同じことをやる。
■ 第三階層|犯罪が消えても「迷惑」は普通に残る
たとえば犯罪行為から離れたとしても、根本が同じなら、
職場では、
気に入らない相手へ高圧的になる。
客商売では、
余計なことを言ってトラブルを起こす。
交友関係では、
馴れ馴れしく距離を詰める。
思い通りにならなければ、
急に態度を変える。
ネットでは、
感情のまま書き込む。
家庭では、
自分の苛立ちを周囲へぶつける。
闇金ほど重大ではなくても、
「周囲へコストを発生させる側」というポジションだけは維持される。
これが厄介である。
■ 第四階層|つまり「闇金」という看板を剥がしただけでは何も解決していない
ここを間違えると、
犯罪を辞めた
=更生
という雑な評価になる。
しかし更生というなら、本来変わる必要があるのは、
行動選択のアルゴリズムそのもの
である。
「相手を怖がらせればいい」
から、
「この発言によって何が起きるか」
へ。
「ムカついたから凄む」
から、
「感情と行動を分離する」
へ。
「目先で金になればいい」
から、
「数年後まで含めた損得」
へ。
「相手がどうなろうが知ったことではない」
から、
「他者へ発生させる損害を考える」
へ。
ここが変わらなければ、看板だけ交換しても中身は同じである。
■ 第五階層|そして最も皮肉なのが、他者だけでなく自分の生活まで壊すこと
このタイプの行動は、周囲だけを傷つけて本人だけが得をする構造とは限らない。
むしろ長期では、
自分自身にも猛烈なコストが返ってくる。
高圧的。
↓
周囲から距離を置かれる。
馴れ馴れしい。
↓
信用を失う。
感情的にキレる。
↓
職場評価が下がる。
目先の利益を優先する。
↓
長期的な職歴・信用形成に失敗する。
違法行為へ行く。
↓
逮捕・刑事処分・社会生活への影響。
つまり、
他者へ迷惑をかけながら、同時に自分の選択肢まで削っていく。
猛烈に効率が悪い。
■ 第六階層|「自ら幸福度を削る」とは、まさにこの自己破壊ループ
幸福度は金だけで決まらない。
安定した仕事。
信用できる交友関係。
家族関係。
住居。
社会的信用。
自由に選択できる範囲。
精神的な安定。
こうしたものの積み重ねで成立する。
ところが短絡的な対人運用を続ければ、
職場で揉める。
知人と揉める。
家族と揉める。
行政・警察・司法と接点を持つ。
信用を落とす。
また環境が悪化する。
そして環境が悪化すると、
「周囲が悪い」
とさらに攻撃的になる。
自分で床を壊しながら、「なぜ立つ場所がない」と怒っているような状態になる。
■ 第七階層|頭の悪さの本体は「知識不足」より、フィードバックから修正できないこと
ここはかなり重要である。
知らないこと自体は問題ではない。
誰でも知らないことはある。
本当に致命的なのは、
失敗しても行動モデルを更新しないこと。
威圧してトラブルになった。
それでも次も威圧。
馴れ馴れしくして嫌われた。
それでも次も同じ距離感。
短絡的な選択で損をした。
それでもまた目先を選ぶ。
警察沙汰になった。
それでも、
「運が悪かった」
程度で処理する。
こうなると経験年数だけ増えても意味がない。
経験を積んでいるのではなく、同じ失敗を年単位で反復しているだけになる。
■ 第八階層|年齢を重ねれば自然にまともになる、という期待も成立しない
20代で粗い。
30代になった。
40代になった。
それだけで成熟するわけではない。
年齢は自動アップデート機能ではない。
必要なのは、
失敗する
↓
原因を認識する
↓
自分側の問題を認める
↓
行動を変更する
↓
新しい行動を反復する
という修正工程である。
この工程がなければ、
20代の短絡性を50代まで持ち越すことすら普通に起こる。
変わるのは顔と年齢だけ。
対人処理は昔のまま。
これでは更生とは呼べない。
■ 第九階層|「違う形で別の誰かに迷惑をかける」という見方は、犯罪行為そのものより広い
闇金という極端な形が消えても、
他者を自分の都合のために動かそうとする癖
が残れば、対象が変わるだけである。
以前は客。
次は同僚。
次は部下。
次は交際相手。
次は家族。
次は近隣。
つまり、
被害の形式が「犯罪」から「職場トラブル」「対人トラブル」「家庭内トラブル」へ移動するだけ
ということが起こり得る。
だから本当の更生を測るなら、
以前と同じ犯罪をしていない
だけでは足りない。
対人処理そのものが変わったか。
ここを見る必要がある。
■ 第十階層|しかも本人は「なぜ人生がうまくいかないのか」を理解できなくなる
ここからさらに救いがなくなる。
短絡的な行動を繰り返す。
↓
周囲から信用されなくなる。
↓
良い関係が続かない。
↓
仕事も安定しにくくなる。
↓
生活の選択肢が減る。
↓
不満が増える。
ところが原因を外部へ置く。
↓
さらに周囲へ攻撃的になる。
↓
もっと信用を失う。
この循環に入ると、
本人自身が自分の幸福度を削っているのに、その原因を本人だけが理解しない
という状態になる。
猛烈に皮肉である。
■ 第十一階層|「怖い存在」どころか、長期では自分の人生を管理できていない
闇金時代には、
「一般の貸金業者と思うな」
と凄む。
一瞬だけ切り取れば強そうに見える。
しかし長期視点へ引くと評価は逆転する。
他者を支配しようとする。
しかし自分の感情を支配できない。
他者を困らせようとする。
しかし自分の信用まで壊す。
他者の選択肢を奪おうとする。
しかし自分の将来の選択肢まで減らす。
他者をコントロールしたがる割に、自分自身の人生運用が一番コントロールできていない。
これが最大の矛盾である。
■ 最終階層|結局、最大の罰は「その思考回路のまま人生を続けること」になり得る
この種の連中について最も救いがないのは、闇金を辞めた後ですら問題が終了するとは限らないことである。
「アメリカのホワイトハウス」
「芸能人みたいにかっこいい」
と距離感なく喋る。
思い通りにならなくなると、
「うちをどっかと勘違いしてんじゃないの」
「一般の貸金業者と思うな」
と強く凄む。
この流れに共通するのは、
第一連想で喋る。
第一感情で動く。
目先の反応だけを見る。
二手先の結果を考えない。
自分の行動を修正する視点が弱い。
この根本が変わらなければ、闇金という舞台から退場しても、
別の職場で揉める。
別の関係で嫌われる。
別の相手へ迷惑をかける。
そしてそのたび、
信用を削る。
関係を削る。
職業上の選択肢を削る。
生活の安定を削る。
最終的には自分自身の幸福度まで削る。
だから、このタイプの最大の問題は単に「昔、闇金に関与していた」という一点ではない。
バカっぽさと猛烈な頭の悪さを修正できないままなら、その思考回路自体が持ち運び可能なトラブル発生装置になる。
場所を変えても、肩書を変えても、相手を変えても、処理方式が同じなら結果も似る。
そして最後には、周囲へ迷惑を撒き散らしながら、本人自身も「なぜ生活がうまくいかないのか」を理解しないまま、自分で自分の人生の質を削り続ける。
それこそが、この種の短絡性が長期的にもたらす最も救いのない結末である。
■ 第一階層|総評――良識ある層から順番に離れていき、最後に残るのが「同じ粗さを許容できる連中」になる
良識な者は距離を取る。結局、同系統のバカ共を引き寄せて、自ら人生を破滅方向に持っていく。
この構造はかなり重要である。
前述のような、
- 初対面から馴れ馴れしい
- 個人情報を雑談の材料にする
- 思いついた第一連想をそのまま口にする
- 相手が思い通りに動かないと威圧する
- 「一般の貸金業者と思うな」と凄む
- 感情が先行すると発話のブレーキが消える
という対人運用を続ければ、周囲の全員が同じように残るわけではない。
むしろ最初に抜けるのは、
「これは関わる価値がない」「面倒事に巻き込まれる」と判断できる層
である。
結果として交友関係が無作為に形成されるのではなく、本人の言動によって選別されていく。
■ 第二階層|良識ある側ほど「教育してあげよう」ではなく、静かに切る
ここを勘違いしやすい。
まともな側が毎回、
「その態度は良くない」
「もっと相手を尊重した方がいい」
「そんなことをしていると嫌われる」
と教育してくれるわけではない。
むしろ社会では、
何も言わずに離れる方が圧倒的に簡単である。
友人なら連絡頻度を落とす。
同僚なら仕事上だけの関係にする。
取引相手なら次から選ばない。
知人なら誘わなくなる。
恋愛関係なら候補から外す。
つまり本人には、
「何も言われていない」
ように見えても、実際には周囲から静かな不採用判定を大量に受けていることがある。
■ 第三階層|だから本人が自覚しないまま「まともな層」だけ消えていく
これが厄介である。
露骨に喧嘩して絶縁されれば原因を認識しやすい。
しかし現実の距離取りはもっと静かである。
返信が遅くなる。
誘われなくなる。
重要な相談をされなくなる。
仕事を任されなくなる。
紹介されなくなる。
深い関係へ進まなくなる。
そして最終的に疎遠になる。
本人からすると、
最近あいつとは会っていないな
程度。
しかし俯瞰すると、
良識ある層が一人ずつ脱落している。
■ 第四階層|逆に残りやすいのが「その粗さを異常だと思わない側」
では誰が残るのか。
ここで選別が逆方向に働く。
普通なら引っかかる、
「何でそんな言い方をするのか」
「初対面でその距離感はおかしい」
「そんな危ないことに関わりたくない」
という警戒センサーが弱い側ほど残りやすい。
あるいは、
本人と同程度に対人処理が粗い側
なら、そもそも違和感を覚えない。
すると、
粗い側が粗い側を許容する。
短絡的な側が短絡的な側と付き合う。
威圧的な側が威圧的な文化を普通だと思う。
という集団が出来上がる。
■ 第五階層|これは「バカがバカを引き寄せる」というより、自分でフィルターを作っている
ここはさらに正確に言える。
磁石のように偶然引き寄せているわけではない。
本人の言動そのものが選別装置になっている。
たとえば100人と接点ができる。
その中から、
良識がある20人
→早期に違和感を察知して離脱。
危険回避能力が高い20人
→面倒事を察して離脱。
長期的な信用を重視する20人
→関係を深めない。
残るのは、
その粗さを気にしない層
同程度に粗い層
何らかの利益があるから付き合う層
などへ偏っていく。
つまり、
本人自身が良質な関係を排除するフィルターとして機能している。
猛烈に皮肉である。
■ 第六階層|すると周囲から「それはおかしい」と言ってくれる声まで消える
ここから悪循環が加速する。
良識ある側が残っていれば、
「それはやめた方がいい」
「その言い方はまずい」
「それをやったら警察沙汰になる」
という外部フィードバックが入る可能性がある。
ところが、そういう側を不快にさせて追い出す。
残った同系統の連中が、
「別にいいだろ」
「それくらいやれ」
「舐められる方が悪い」
などと肯定する。
すると、
異常な行動が異常として認識されなくなる。
ここまで行くと環境自体が腐る。
■ 第七階層|自分よりマシな層を追い出し、自分と同程度の層から承認を受ける
この構造はかなり救いがない。
本来なら、自分より対人能力が高い側、判断力がある側、生活が安定している側との関係は貴重である。
ところが、その層ほど、
「この連中とは距離を置こう」
と判断する。
そして残った同系統の仲間から、
「それでいい」
と承認される。
結果、
低い基準のコミュニティ内で自己評価だけ維持される。
外から見ればどんどん危険な方向へ進んでいるのに、内部では「普通」。
これでは修正が起きにくい。
■ 第八階層|ここから仕事の質まで落ちる
交友関係だけでは済まない。
信用できる層との接点が減れば、
- 良い仕事の紹介
- 有益な情報
- 信頼できる取引
- 長期的な協力関係
- 困った時の助言
まで減る。
一方で同系統の連中から来る話は、
「簡単に稼げる」
「こうすれば取れる」
「バレない」
「みんなやっている」
といった短期利益型へ偏りやすくなる。
すると本人の選択肢そのものが、
まともな方向から粗悪な方向へ偏っていく。
■ 第九階層|犯罪から離れても「環境選択」が変わらなければ再び問題へ接近する
仮に闇金から離れたとしても、
付き合う相手
判断基準
感情処理
金銭感覚
短期利益志向
が同じなら、問題は終わらない。
犯罪そのものではなくても、
- グレーな商売
- 悪質営業
- 職場トラブル
- 金銭トラブル
- 対人トラブル
など、別形式へ移る余地が残る。
つまり、
舞台装置だけ交換して、同じ劇を繰り返す。
これでは更生とはほど遠い。
■ 第十階層|そして「周囲にろくな奴がいない」と本人が言い始めたら完成
さらに皮肉なのはここである。
良識ある側を自分の言動で遠ざける。
↓
同系統だけ残る。
↓
トラブルが増える。
↓
周囲への不満が増える。
↓
「周りはろくな奴がいない」
となる。
しかし実際には、
ろくな関係を自分から維持できなくしている。
ここを認識できない限り、環境を変えても同じことが起きる。
東京から大阪へ移ろうが、
職場を変えようが、
交友関係を全部リセットしようが、
本人の対人運用が同じなら、数年後には似た構成になる。
■ 第十一階層|人生の「質」は、付き合える相手の質によってかなり変わる
人生を長期で見ると、周囲の質は非常に大きい。
良識ある関係が残れば、
無茶な判断を止めてもらえる。
有益な情報が入る。
困った時にまともな助言が来る。
良い仕事や関係へ接続される。
ところが、そうした関係を自分から壊す。
そして同系統のバカ共だけが残れば、
判断ミスを止める側がいなくなる。
むしろ互いに増幅する。
一人なら躊躇したことでも、
「大丈夫だろ」
と言う仲間がいれば実行する。
これが危険である。
■ 第十二階層|「自ら幸福度を削る」の次は「自ら環境の質まで削る」
前段では、
周囲へ迷惑をかけながら、自分自身の幸福度も削る
という構造だった。
今回はさらに一段進む。
幸福度を削るだけでなく、幸福になれる環境そのものを破壊する。
良い関係を失う。
信用を失う。
まともな紹介を失う。
安定した仕事への接続を失う。
困った時に助けてくれる関係を失う。
そして残った同系統の仲間と、
さらに悪い判断を繰り返す。
これは相当に強烈な自己破壊である。
■ 最終階層|結局、自分のバカっぽさが「同系統だけが残る環境」を作り、その環境がさらにバカな判断を強化する
良識な者は距離を取る。結局、同系統のバカ共を引き寄せて、自ら人生を破滅方向に持っていく。
この構造を一本につなぐと、
① 粗雑な言動を繰り返す
馴れ馴れしい。
短絡的。
高圧的。
感情的。
↓
② 良識ある側が違和感を覚える
「関わるメリットがない」
「面倒事になりそう」
↓
③ 良識ある側から静かに離脱する
説教すらしない。
単純に関係を切る。
↓
④ 同程度の粗さを許容できる連中が残る
本人の言動を問題視しない。
場合によっては肯定する。
↓
⑤ 集団内部の基準がさらに下がる
「これくらい普通」
「別に問題ない」
「やればいい」
↓
⑥ 判断ミスへのブレーキが消える
まともな助言が来ない。
↓
⑦ トラブルが増える
仕事。
金。
交友関係。
家族。
場合によっては警察・司法。
↓
⑧ 生活の選択肢が減る
信用も関係も職歴も傷む。
↓
⑨ さらに質の悪い環境しか残らなくなる
そして最初へ戻る。
これが本当に救いのないところである。
周囲へ迷惑をかけているだけではない。
自分の言動によって良識ある層を追い払い、同系統のバカ共が残りやすい環境を自分で作り、その環境からさらに低品質な判断を吸収する。
つまり、
バカな行動が環境を悪化させ、悪化した環境がさらにバカな行動を強化する。
完全な自己増殖ループである。
しかも本人から見れば、
「運が悪い」
「周囲がおかしい」
「良い仕事がない」
「信用できる奴がいない」
となりやすい。
しかし長期で見れば、良質な関係を維持できない行動を繰り返し、自分で自分の生活圏から良識ある層を排出している。
だから最後に残る最大の皮肉はこれである。
他者を威圧し、利用し、コントロールして得をしようとした結果、最も長期間コントロール不能になっていくのが自分自身の人生。
「一般の貸金業者と思うな」と凄んでいた頃には一瞬の優位感を得られたとしても、その思考様式を何十年も持ち運べば、長期では信用・仕事・交友関係・生活環境を自分で粗悪化させ続ける装置になる。
それこそが、「同系統のバカ共だけが残り、自ら人生を破滅方向へ持っていく」という構造の本体である。