学校に行くと負け犬の人生確定!学校は個性までも潰すクソ施設である理由とは!?
要するに「学校に行く意味は0かマイナスしかないのに無理に正当化する信者が多い」という意味。
学校の勉強は本当の勉強ではなく、卒業してからが本当の勉強。
学校に行ってしまうと卒業したら勉強は終わりだと思ってしまう。

あなたは学校生活でどのような生活を送ってきたでしょうか。

学校の教育について調べていくと、
違和感の答えを知ることが出来ました。
それは学校は支配者の奴隷をつくるための施設だということが、わかったのです。
なぜそのような施設になってしまっているのか、分かりやすくお伝えしていこうと思います。

支配者にとって都合の良い人間を作り出すロボット工場

学校の教育システムは実は何十年と古いものでして、元をたどると富国強兵が始まった明治時代までさかのぼります。
今の義務教育というのもこの時代から始まります
富国強兵とは、簡単に説明致しますと
明治政府が経済の発展と軍事力の強化によって近代的な国家をめざした目標
になります。
ここで既に一つ疑問がでてくるのですが、
今の日本にこんな目標必要なくね?
洗脳とかその前に今の時代背景と全く合わないですよね?
日本の軍事力は既にトップクラスのレベルだし、経済力だって申し分のないくらいにあります。
だったら違う教育の方が良いんじゃないの?と、素直に私は思うわけです。
この状態が変わらないのには理由があります。

 

思考力を高められたら困る人たち

こういった「個」を尊重させず、「協調性」を身につけさせる教育。
なぜこういった教育を今もするのでしょうか?
それは我々日本人の思考力を身につけさせない為です。
そして思考力を身につけさせないほうが、甘い汁を吸える人たちがいるのです。
それは政治家や富裕層などです。

何の疑問も疑いもなく、税金を納める人。
何の疑いもなく、四六時中働いてくれる人。
そんな人たちがいたほうが操りやすいですよね。
逆に思考力をもった人たちが沢山増えてしまうと、どうなってしまうのでしょうか?
隠してきた不正を暴かれ、都合よく働いてくれる人が少なくなれば、甘い汁を吸うことができなくなってしまいます。
頭の良い人が増えてしまうと困るのが今の日本社会です。
あなたの人生は実は作られていることに気付きましょう。
さてこの古い教育システムについて今回はお伝えしましたが、実はこの古い教育システムの中にGHQはとあるタネを仕込んだのです。
軍人を育てる為の教育=一方的な情報を刷り込む教育、つまり軍人をつくる教育を利用し、日本人から愛国心を奪うタネを仕込んだのです。

「義務教育で保護者は子どもを学校に通わせなければいけない」
でも、その通わなければいけない学校が人格を曲げる場所だったら…?
個性を潰す場所だとしたら…?
あなたは子どもを通わせたいと思うだろうか。
あなた自身通いたいと思うだろうか。

「学校でも個性を大事に」は無理がある

戦後直後に生きていたわけではないですが、戦後の頃の日本で個性なくして、集団を大事にしろっていうのはまだ理解できます。
結果的に、集団教育で日本はその後経済成長を遂げていますから。
今の学校では集団教育をしている中で「個性は大事にしよう」という教育をしようとしています。
「人それぞれの個性を認め合える集団を作る」
その理想、目指す方向は理解できます。
しかし、「学校で個性を大事に」というのは結構厳しいのではないかと思います。
なぜなら、子どもの個性を大事にすればするほど、大人がやりにくくなるからです。
子どもは不公平に敏感です。
もちろん大人になって社会に出れば、世の中が不公平であることは当たり前だと気付けるのですが、学校ではなかなか不公平に物事を進めることはできません。
教員、学校が個人を大事にすればする

生徒は不公平を感じる

教員、学校が収拾がつかなくなる、集団指導しづらくなる

先生が学級経営、学校が学校運営としてやりづらくなる
となると、学校がいろいろ許す(個性を認める)と、自分たち(学校)が大変になります。
ただでさえ、今でもブラック労働なのに、これ以上多様化するのは無理だと思います。
個性をつぶすという言葉は少し言い過ぎかもしれませんが、学校が個人を認める範囲をこれ以上広げすぎるのは無理なことかなと思います。そもそも、個性を引き出すとか才能を引き出そうなんて微塵も思っていない。

学校教育は個性を潰す場所?

 

基本的に、学校教育は戦後の体制のまんまです。
戦後の教育とは、企業の使いやすい人間=イエスマンを育てること。
戦後の日本を立て直さなくちゃいけないですからね。
いちいち個人から「この仕事はなぜやるんですか?」とか言われるのって、めんどくさいし、困るんですよ。
だから、思考停止して右向けって言われたら素直に右向く人間、言う通りに働いてくれる人間を必要としていました。
しかし、今は戦後の日本とは違い、物も溢れ、物質的には豊かです。
便利な物もたくさん発明されました。
学校に行かなくても、家でYouTube見ながら勉強できます。

youtubeの方が
世界が広がります。

学校なんか行くと、
いつまでも狭い世界のままにいます。

LINEで無料で電話もできます。
わからないことがあったら、検索サービスで調べられます。
時代は変わりました。
誰が見ても、戦後の日本とは違います。
…もう一度言います。
学校教育は戦後の体制のまんまです。
時代が変わっているのに、教育の根本が変わっていないのはまずいと思いませんか?
私は企業、国に都合のいい、使い捨ての人間になりたくないし、
子どもを指導する立場としても、ただ言われた通りに行動する素直な人間になってほしくないですね。
自分で考えられる人間になって、必要な時に声を上げられる、行動できる人間になってほしいと思います。

学校で教えられることと言えば、
「ちゃんと勉強をして、ちゃんとしたところに就職すれば人生安泰だよ!」
こんなことくらい。
そしてその勉強というのも、
ただ”知識を暗記していく”だけ。
それというのは、
マジで時代錯誤だなと感じるわけです。

価値を生み出さない量産型の人間は、今の時代必要ない
今までの学校教育というのは、要は
「文句も言わず働いてくれる、会社に忠実な人間」
を生み出すためのものなんですよね。
これまでの会社にとっては、
日本語をちゃんと操ることが出来、
会社の輪を乱すことなく働いてくれて、
言われた仕事をしっかりこなす人が必要だったんです。
自ら価値を生み出したり、
自分の意見をガンガンぶつけるような人は
必要ではなかった。
でも、今の時代は違いますよね。

どの会社も、
「個性がある人間」
を欲しているわけです。

大企業すらつぶれる世の中なわけで、
現状維持を続けていたら会社はいずれつぶれてしまうから。
僕がお世話になっている社長さんも、
「これまでは良かったけど最近は本当に調子悪くて、
普通に赤字ですよ」
ということを言っています。

日本全体が停滞期に突入してるので、
現状維持を続けても会社が伸びるみたいな、
そんな世の中では既にないんですよね。

だから「新しい価値」「新しい考え方」をもたらしてくれる人を、
会社側も今は欲しているんです。

真面目で忠実なだけの人間は、
もはや必要ではないんですよね。
個性を殺す学校の授業
しかし未だに学校というものは、
個性を殺し「右にならえ」的な教育しかできていない。
マジでクソだなと思うのは、
「国語のテスト」です。

「文章を読んで、○○君は何を思ってこんなことを言ったのか答えなさい」
みたいな問題が国語であるじゃないですか。

それで自分なりの考えを書くわけですけど、
作者の意図と違うと×を付けられる。
正直な話、作者の人となりとか全く知らないわけで、
何を思ってそんなことを書いたかなんて
わかるわけがないんですよね(笑)

だから文章から自分が感じたことを書くわけですが、
それは間違っていると言われる。
国語のテストは自分の考えを否定されているみたいで、
昔から強い違和感を覚えていました。

それって完全に、個性を殺してますよね。
学校は知識しか教えられない
学校の教育というのは、
「知識を覚える」
ことしか教えてないんです。

例えば歴史の授業なんかは、
「本能寺の変は○○年に起きた出来事です」
みたいなことしか教わらないですよね。
そこで重要なのは、
「明智光秀はなんで謀反を起こそうと思ったんだろうか?」
といった部分なのに。

そういう疑問を持って、
そこから色々と考えをめぐらすことで
思考力が鍛えられたり、
好奇心がどんどん湧いて出てくる。
ただ○○年に起きた、といった知識だけ教わっても、
「ふ~ん、そうなんだ」
で終わりですよね。

そこから思考が働くことも無いし、
好奇心も湧いてこない。
価値は”人と違う部分”にこそ生まれる
暗記教育はただただ、
「受け身の人間」
を増やしていくだけです。
頭でっかちになる一方で、
自分で価値を生み出せるような人間には成れないんですよね。
価値というものは、
「人と違う部分」
から生まれてくるものだから。

普通の人が普通のことを言ったところで
そこには何の価値も生まれないんです。
「人と違う人が、人と違うこと」
を発言することで、
それは人の心を動かすし、
価値も生まれてくるんですね。

Twitterとかでも、
そういうツイートをしている人に
人が集まっていきます。
自分で積極的に人と違うことをしよう!

ただ今の学校教育を180度変えようというのは
何十年待てば良いんだという話になってくるので
「自分で人と違うことを学び、経験していく」
ということがこれから大事ですよね。

例えば、
「雑草がなんか好き」というのなら、
ひたすら雑草を採取したり、
雑草で料理を作ったりしてみる。
雑草に詳しいというだけでも
それは「個性」になるし、
興味を持つ人も絶対に現れます。

今「プロゲーマー」の人たちが増えてきていますけど、
彼らも子供のころからゲームというものにとことん向き合ったから
今の実力があるし、プロにもなれたと思うんですよね。

もし彼らが周りの意見に負けて
ゲームを辞めていたとしたら、
「普通の人」にしかなれていなかったはずです。
ここでの普通の人というのは、
「自分で新しい価値を生み出すことができない人」
ということですよね。

でも学校教育をただ受けているだけだと、
これから世の中が求めている人間には
絶対になることが出来ません。
どこかで、
「普通の人とは違うことをする」
ということが重要ですね。
そうすることで、
「価値を生み出せる人間」
になることができます。

学校教育に頼る時代は
とっくに終わっています。
自分で自分自身を育てていく。

早めに社会に出た方がよくて
高校を卒業したところで
都内私立高校などを除いて
無学のままが大半なので、
受け皿はない。

高校でチンピラやってたら
中学より全然取り返しつかない。

高校でチンピラやるくらいなら
働かせた方が良い。

これからの時代は
仕事はAIに奪われ、
個性を活かした職種を選ぶ必要がある。

学校は
個性を潰すため、
行けば行くほど人生オワコンルート。