日本の学校教育は時代遅れで人生の敗北者を量産する施設!?

日本の学校教育のクソさは言うまでもないだろう
個人の力を伸ばす教育ではなく「都合の良い人材」を育てる教育が日本である
ここでいう都合が良いというのは「学校にとって」や「企業にとって」などなど本人以外の対象から見て都合が良い人材である

全体主義を子供に押し付ける教育

基本的に日本の教育は「皆平等、皆一緒」である

故に皆に合わせられない子は排他的扱いを受け問題児とレッテルを貼られる

飛びぬけた才能を持っている子はその才能を伸ばす教育を受ける事が出来ない

学業に秀でた子は飛び級も出来ずに時間を浪費してしまう

これがいかに無駄で勿体無い話か分からないか?

個性より集団を優先するが故に才能の芽を摘む結果を生む

自分の意見を通そうとする事が良くないと教育されて、立派な社畜へ変わっていくわけだ
日本の教育は器用貧乏を育てるのには秀でているが、スペシャリストを育てるのには不向きなのである
学校の校則の程度で知能の高さが分かる

黒髪で長さも決められ、挙句の果てには下着の色まで指定されている学校はバカである
学校側の知能がとても低いのである

校則を厳しくしないと統制が取れないわけで、自分達の指導力が無い事を公にしているようなものだ
制服指定なら分かるが、髪の毛にこだわる日本は気持ち悪いしアホとしかいえない
教師もバカなりに髪の毛問題がおかしいと思っているせいか「校則だから」としか理由が浮かばない
「子どもの教育が上手くいかない」という理由で体罰をしてしまう理屈とよく似ている

(圧力をかけて)厳しくすれば子どもが言う事を聞いてくれるという単純で足りない発想である
学校によって差はあるが「厳しい校則=善」という考えが蔓延っているのは事実だろう

道徳を教えようとする愚行

一見、道徳は教育において大切なように感じるだろう
しかし小学生のうちから道徳を教え込むのは問題がある
そもそも道徳とは教育で養うものではないのだ
言い換えると教師に教わることではない

教育者が道徳を教えると思想&イデオロギーが交じってしまう
極端な話だが「国にとって都合が良い教育」をしてしまうのだ
本来道徳というのは長い時間をかけて自身の経験と知識が合わさって出来るものなのだ
自分で答えを導くのが道徳であり「自分自身で考える」が前提であるので誰かに教えてもらい「それが正しい道徳だ」では本末転倒である
もっと細かく言えば最初から答えありきで教えるものではないのだ

道徳を学ぶなら倫理の話はもちろん文学を中心に学ばなくてはいけないし、それについての考察と議論が必要なのだ
ここまで出来る学校が日本にどれだけあるだろうか?
私が子どもの頃の道徳は答えありきで進められておりつまらないものだった
部活に力を入れすぎている
学生の本分は勉学である
これに異論はないだろうが、日本の場合は部活にも教育の色を出している
部活を通じて教育を施そうとしているわけだ

しかし現実はどうだろうか?

毎日バカみたいに長時間の部活をさせて勉学が疎かになってはいないか?
勉学だけでなく若い内にしか出来ない事があるのに、時間を奪っていないか?
ただの部活なのにくだらない人間関係を放置していないだろうか?

無駄だらけである

甲子園を見ていてもウンザリする。
野球というものにウェイトを置き過ぎたが故に勉学が疎かになり、学校という枠組みで野球をしているからアホみたいな上下関係で悩む人を何人も見てきた
その道で飯を食うわけでもないのに必死過ぎである。

さいごに「日本の教育はクソ」

究極的には学校とは村社会そのものである
皆が一緒で常に合わせることを強要する
個をよりも集団、個性を許さないのが日本である
そもそもアホみたいに制服が未だに絶対条件な時点でお察しであるし、就活のリクルートスーツも気持ちの悪い現象だ
これが正しい事であると思い込んでいる人は多いのだろうが、「正しいと思う理由は?」と聞かれて即答出来る人がどれだけいるだろうか?
私としては即答できる人は少ないと思う
多くの理由が「規則だから」「皆がそうだから」「昔からそうだから」であるだろう
理由の中に本人の意思が全くないのだ
これだけで日本の教育が個を潰しているのが分かるだろう